お侍様 小劇場
 extra 〜寵猫抄より

    “夏がくるの”



   ……………あちゅい。



猫といえば何と言っても
ふかふわ・もふもふの毛並みを
その身へまとっておいでなのだからして。
それだけでも結構な暑さなのではないかと思われる。
猫はその発祥をエジプトあたりとか言われており、
暑いのには強そうな印象もあるのだがと、
御主が口にしたことがあったけれど。

  いやいや、
  それはただ単に人に飼われ出した地域の話ではと
  敏腕秘書殿が切り返し

猫科の生き物は、暑い暑いサバンナだけじゃあなく、
インドやネパールの山の上なんていう寒い地域にも生息している。
そも、暑いところの猫は毛並みも短いものが多くて、
アビシニアンやシャムは、
サバンナを疾走するクーガを思わす精悍さに満ちてもいるじゃあないですかと。
どこかうっとり語った七郎次だったのへ、

 「だがな。ロシアンブルーも短毛種だぞ?」
 「あ…。」

その名が示す通り、
きっと 寒い地域の断然多いロシア産、
若しくはロシアで品種改良がなされた種類のはずで。
だって言うのに、毛並みは短い方ではないだろか。

 「そして、ペルシャ猫は毛並みが長いわな。」
 「〜〜〜〜〜。」

まあ、ペルシャと一言で言っても、
昔々のトルキスタン系大帝国が幅を利かせていた時代ならば、
雪の降る地域もその領土にはあっただろうから。

 「そういう地域で好まれた品種だったのかもしれないが。」
 「〜〜〜〜〜。」

盲点を突いたそのご当人から、
すかさずフォローまでされるというのは。
単に情けをかけてもらった以上の、
何と言いますか、敗北感が込み上げて来るもので。
ちなみに、最初取り違えた“ソマリ”は
アビシニアンの長毛種だそうで。(すみません…)
勘兵衛のしたり顔を前に、
言い負かされた〜とばかり、
ううう〜〜〜っと悔しそうに
口許をうにむにと歪めていた七郎次ではあったれど。

 「にゃ〜〜〜。」

よてち・よてよてと、
このお元気さんには珍しくも 少々力ない足取りで。
大人二人がいるソファーのところまで、
広いリビングを横切って来たのが、
ふわふわした毛並みが綿飴のような、
メインクーンのおチビさんこと久蔵ちゃんで。
例えて言うなら、雨に打たれた迷子のように。
うつむいてのとぽとぽとした歩きようは、
日頃の弾むような駆け回り方しか
見慣れてはないおっ母様からすれば、

 「久蔵、どしたんだい?」

いそいそと、いや違うか、
そわそわという落ち着かなさで
自分からソファーから立ち上がってしまうほど、
それは案じてしまってもしょうがない、
尋常ならざる様子なのであり。
大窓を開け放った窓辺にいたおチビさんが、
何を訴えたくてか寄って来たのへ。
待ち構えてのお膝をついて、その手元へと迎え入れ。
小さな頭を覆う、柔らかい毛並みをよしよしと撫でてやると、

 風が止まってしまったのかな?
 それとも陽射しが届いて暑くなった?と

彼らにはそうと見えている
金色の綿毛を冠した小さな坊やを
おいでおいでとお膝元へと招き入れて。
お顔へかかっている前髪、
どーれと掻き上げてやって、
汗はかいてないかなと、
手のひらでおでこを撫でて差し上げるのだけど。

 「…七郎次。」
 「はい?」

幼い和子を案じる恋女房の横顔の麗しさへと、
ついつい見ほれていたのも束の間のこと。

 「猫は汗はかかぬと思うが。」
 「そうなんですか?」

でもでも、この子は特別な子ですしと、
弁明を重ねておいでのおっ母様の手のひらへ、
小さなおつむを ぽそんと乗っける様子がまた、
か弱い限りの頼りなさが伝わって、
愛らしいやら、だがだが可憐が過ぎて不憫なやら。

 「〜〜〜〜〜〜〜〜っ。////////」
 「判った、判った。」

どうしましょう、どうしたらと言いたいらしく、
口許たわませ、目許も潤ませと。
この恋女房さんから、
こんな格好で何事か言葉にならぬ想いを訴えかけられては、
解らないことへのお答え担当の島田せんせえとしても、
強気のスパルタな見解なぞ出せるはずもなくてのこと。

 「冷却シートではくっつかなかろうから。」
 「そうですよね。あ、そうそう保冷材。」

ケーキについて来てたのを凍らせてありますからと。
そこは動き惜しみをしない働き者な敏腕秘書殿、
久蔵ちゃんをひょいとその腕へ抱えて、キッチンのほうへと立って行き。
今度こそは いそいそという足取りなのを見送った勘兵衛、

 「みゃ〜。」
 「クロか?」

リビングの一角から聞こえたもう一人の子猫様の声へ、
視線をやっての おいでおいでと手を延べたれば。
すたたたと そちらさんは軽快な足取りで主人の足元へまで達してから、

 《 暑いのへああも弱かったのですか? 彼は。》

ぴょいっとソファーの座面へ飛び上がりつつ、
内なるお声で問うたのだけれど。

 「いや。シチに比べれば元気さは変わらなかったようだが。」

それこそ、寒い中でも外へ出たがった真冬同様、
庭のあちこちに涼みポイントを確保してだろう、
かんかん照りの中、外で遊しょぶのと、
七郎次を手古摺らせていたほどだったのに。

 《 今年が特別暑いということでしょうか。》
 「さてな。」

第一 まだ梅雨も明けてはおらぬぞと。
確かに真夏並みの気温や湿度になっちゃあいるが、
八月に入れば まだまだこんなもんじゃあないというのを思ってのこと、
一体どうしたのだろうかと、
体調が悪そうな仔猫さんの様子、
これでも案じてやっておれば。

 「……………お。」
 《 おや。》

打って変わっての
今度は久蔵ちゃんが“はーくはーく”と、
おっ母様を急かしておいでらしく、
その前足でちょいちょいとじゃれかかり。

 「こらこら、ちょっとお待ちなさい。」

叱っている割にお顔はやはりとろけそうに甘い笑顔な七郎次さんが、
その手へ抱えて来たのは…ラフティさんの化粧箱。
あ…と心当たりがあってのこと、
勘兵衛様にはすぐさま合点がいったこと。
はてさて皆様にはどこまでお解りだろうか?

 1.体調が悪かったのが一気に持ち直した現金さへ苦笑した。

 2.だって、その化粧箱には
   林田さんが持って来た洋菓子店謹製のアイスクリームが入ってる。

 3.ちゃんと知ってた久蔵ちゃんだったようであり。

 4.晩に大人の姿でのつまみ食いだけは我慢したらしいが、
   体調がおかしいですという甘えようは、
  どこで仕入れた演技なやら…。


  ああ、いよいよの夏ですねぇ。




   〜Fine〜  2012.07.10.


  *仔猫の久蔵さんは、
   あくまでも無邪気に食いしん坊さんであるようで。
   むしろ、晩の久蔵お兄さんの方が、
   暗示の咒を使ったりして、芸が細かい食いしん坊なのであったりする。
   (ex,バレンタインのチョコレート)

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